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Alt=第3回老舗訪問記 山梨県 株式会社シャトー勝沼「甲州ワインが目覚める」

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< あとがき >


甲州ワインが目覚める

甲州ワインが目覚める
甲州ワインが目覚める

山梨県甲州市勝沼町は、日本のワイン醸造発祥の地。
現在(平成22年)、日本には約130社のワイン醸造業者があるが、約80社が山梨県内にあり、さらにそのうちの32社が勝沼町に集中している。甲府盆地の東側に位置する勝沼町は、寒暖の変化が大きく、ブドウの栽培に適しており、日本最古のブドウ栽培の歴史を持つ。『鳥居平(トリイビラ)』と呼ばれる西の斜面は、日照時間が長いため、勝沼町の中でも最良のブドウ栽培地とされている。このブドウを使って、(株)シャトー勝沼のワインは作られる。

8世紀(一説によれば12世紀)からブドウ栽培の伝説のある甲州は、江戸時代にはブドウ、柿、ナシなどの産地として知られていた。

甲州でのワイン作りは明治時代に始まったが、ごく初期は、資金・技術の壁に阻まれ失敗におわっている。しかし政府の殖産興業・勧業振興策に連動し、山梨県はワインを県の特産物として育てる意思を固めた。勝沼町では、これに呼応し初の民間醸造会社が作られ、明治10年、ワイン作りを学ぶために二人の青年をフランスに派遣。

しかし、一年七ヶ月という短期間であったため、語学の壁もあり、取得した技術も山梨のワインのレベルを格段に上げるところまでは行かなかったようだ。派遣した組織も今はなく、導入された技術がどういうものだったのかは正確にはわからない。

シャトー勝沼の横顔

そうした勝沼ワイン黎明期に、(株)シャトー勝沼は『今村葡萄酒本舗』として産声を上げた。1877年(明治10年)ブドウ栽培を行っていた創業者・今村與三郎がワイン醸造を開始したのだ。
勝沼町ではもっとも古いワイナリーである。

ワインは、ブドウの皮の上にいる酵母が、ブドウを粉砕することによって、ブドウの糖と出会い、糖をアルコール化して作られる。ブドウの質と出来に左右されるアルコール飲料である。シャトー勝沼の初代の頃、国産ブドウは糖度が足りなかったため、糖を加えワインは作られていた。課題は、ワイン好適種の糖度の高いブドウを作ることだった。ヨーロッパ種のワイン用のブドウは、高温多湿になる日本の風土に合わなかったため、アメリカのブドウが導入され、ワイン作りが進められた。当時は日本人の生活になじまなかったワイン作りは、生食ブドウの生産と、地元消費に支えられながら、技術を高める途上にあった。

シャトー勝沼の横顔
シャトー勝沼の横顔
シャトー勝沼の横顔
シャトー勝沼の横顔

戦時中、山梨一帯はほかの果樹地帯と違い、ブドウ作りを続けることができた。これは、ワインの滓(おり)として出来る酒石酸が、水中での通信技術に使われたためだった。酒石酸が軍需品となったため、戦時中もブドウ畑は守られ、戦後に再びワイン作りが進められる。
万博、高度成長、円高、バブルなどの経済的要因と国際交流を背景に何度かのワインブームが起こり、明治期に開発されたハチブドー酒や赤玉ポートワインなどの甘いワインベースのリキュールから、通常のワインにシフトしていく。

現在、シャトー勝沼では、甲州ブドウのほか、ベリーA、ブラッククイーン、巨峰、デラウェアといったブドウを栽培し、ワインやジュースを製造。ワインでは、『鳥居平今村』という最高の畑のブドウで作る最高級ブランドを頂点に、一升瓶やマグナムサイズのデイリーワイン、テーブルワイン、ブドウ品種それぞれのヴィンテージワイン、スパークリング、ノンアルコール・ワインなど、幅広い商品を展開し、年間製造量は720ミリリットルの瓶にして約250万本に上る。

三代目は語る

三代目は語る
三代目は語る

三代目になる現会長の今村英勇氏は語る。
「ワインは畑、ブドウ、そして醸造の技術、この三つによって作られるものです。醸造技術は学校で学ぶことができる。当社にも、そういう優れた学問を納めた人材が多くおります。ただ、土作りやブドウ作りについては学校では学べない。私はいつも技術者に地面の上のことは知っているだろうが、地面のしたのことは知らないだろう、といっております。醸造技術だけではいいワインは作れない」

経験が培ったものは、教えたり教わったりすることができない、と今村氏はいう。幼いころから先代について、ブドウ園を回り土に親しみ、遊び場としていたからこそ、すべてがわかるのだという。
「先代から、とくに教わったことはないですね。後をついて、背中を見、五感のすべてを使って学んでいった。四代目の娘にも、何も教えてはいない。ただ、先代と同じように、私といっしょにブドウ園を回ってきただけです」
しかし、先代が残してくれたものは大きいという。

シャトー勝沼ワイナリーの施設の背後に広がる斜面は堂々たる鳥居平である。急な斜面はすべてブドウ棚に覆われている。すべて、シャトー勝沼のワインになる。夜明けから日の入りまで陰になることがないため、ここで収穫されるブドウの糖度は非常に高くなる。甲州盆地の中でもいちばんのブドウが収穫できるのだ。だが、シャトーがここの土地をすべて持っているわけではない。

「鳥居平の全農家と契約してブドウをいただいております。契約栽培というわけです。これは、先代・先々代とずっとブドウ作りをしてきて、培ってきた信頼関係があるからです。とくに先代は、ここで農業協同組合をたちあげて、組合長をずっと務めてきました。今の前身ですが、現在の全国規模の巨大組織になる前は地元の農家をまとめる団体で、サラリーマンではない、苦労をともにする農民がやっていたのです」
ブドウ農家としての歴史が現在のワイン作りを支えている。

日本のワインの課題

日本のワインの課題
日本のワインの課題

2008年現在、日本のワイン消費量は226,999キロリットル、うち、輸入ワイン出荷量が162,553キロリットル、年間消費量2.2リットル/人のうち、70パーセントを外国産ワインを飲み、残りの国産ワインのうち7割は大手メーカーのもので、地元ワイナリーのワインはわずかその三割ということになる。大手メーカーの国産ワインも海外産のワインをバルク(樽)買いしたブレンドワインが多い。

「日本のワイン作りの技術は、今や世界に肩を並べています。日本人は器用で仕事が丁寧ですからね。私が30代の頃、大阪の万博の頃ですか、第一次ワインブームがあり、だんだん日本人はワインに親しむようになった。でも、日本人が飲んでいるのは、外国産のワイン。国産のワインのすばらしさは知らない人が多いのです。おまけに、ワイン業界の人間もワイン製造者も、海外にしか目を向けていない。海外のコンクールに出品して、外国にワインを売ろうとしている。それは違うだろう、足元をもっと固めてからの話でしょう。日本人に知ってもらい、買ってもらうのが先なんだよ、と私はいつも言っているのですが」

たとえば、ロマネ・コンティはワイン・コンクールに出品するかというとそんなことはしない。ロマネ・コンティはロマネ・コンティであることを自ら知っているからだ。日本人はロマネ・コンティを知っていても、欧州のワインコンクールに入賞した国産ワインのことなど知らないわけである。欧州のコンクールで入賞したら翌日から日本人がそのワインをありがたく購入するかというと、そんなことにはなりえない。

「日本人に日本のワインをもっと飲んでもらう、それが使命で目標です。甲州ブドウの特徴は、なんといっても和食に合うということです。洋食だけでなく、日常の食卓でワインを楽しんでもらえるはずなのです。また移動距離が短いですから、酸化防止剤など無添加でワインを提供できます。これも、また強みになりますね」

ワインの魅力に取り付かれて

ワインの魅力に取り付かれて
ワインの魅力に取り付かれて

ワインの魅力は、毎年の気候や醸造の条件によって、出来が違うこと。もちろん、醸造の条件は技術の進歩によって、均質にカバーすることができる。しかし、ブドウそのものの出来については、やはり天然自然によるものが大きく、いかんともしがたい。だからこそ、ワイン作りは楽しい。

「当たり年のワインの喜びはなんともいえません。最近では2004年のワインがすばらしい出来でした」
会長はこの年の春から、当たり年の予感にわくわくしていたという。
「ブドウのことも、畑のことも、醸造のこともすべて知っている人間は私くらいと自負しています。50年の経験が、当たり年を教えてくれたんでしょう」と会長は胸を張る。

「ものづくりは人間性、作ったものにその人となりが表れます。だからこそ、こだわりがなくてはいけない。畑にこだわり、ブドウにこだわり、ワインを造る。ものがあふれている時代ですからこそ、こだわりをもっていたい。ものづくりに妥協はしてはいけない、ワイン作りは本当に職人の仕事なんですよ」
傾斜地のブドウ畑には機械も入れない。毎日毎日、人間が見て回る。妥協したらワインではない、と会長はいう。
JRでは使っていないトンネルを貯蔵庫として貸し出しているが、ここに最高のヴィンテージだった2004年のものを何と40万本を寝かせてあるそうだ。これは、シャトー勝沼で生産されるワインのほぼ六分の一にあたる。
50年、寝かしておくのだそうだ。

「通常の企業なら、不良在庫、不良資産ですわな」
屈託なく氏は笑うが、歳降ってこそ個性を発揮するワインとはいえ、50年とはやはり英断だろう。

ファミリービジネスが支える個性的なワイン作り

今村氏は、ワイン作りの傍ら、絵や書を能くする。といっても、そこはワイン作りの職人。地元に伝わるワイン起源の伝説を題材にした絵本は、やはりこの人ならではといえる。

「ワイン作りは道楽、遊び心がなくてはできません。でなかったら、50年先の飲み心地を考えて、置いておくなんてことができますか?」 
ワインは通常の加工食品とは違い寝かせること、歳降ることで変化し、その価値を増していく。したがってブドウの特徴を知り、その年の出来によって柔軟に対処することが必要だ。また、醸造してもその年に売れるものはむしろ少数派。ヌーヴォとして収穫年にすぐ出すワイン、あとは早くて翌年だ。残りはセラーで寝かせて、どんな変化が訪れるのかを待つ。

シャトー勝沼は、約百年前に甲州ブドウで作られたワインを所蔵している。先年、ヴィンテージワインを味わう会で、これをあけたところ、素晴らしい香気を放つ実においしいワインだったそうだ。
「実は、ワイナリーは家族経営でなくてはいけないと思っています。一般企業のように、経営者が変わるたびに方針がくるくるかわるようでは、ワイン作りはやっていけない。1877年から続いているブドウ畑、ワイン、ものづくりへのこだわり、そして50年先に花開くワインを守る。ワインというものは、変わらないで続いていくものですから」
いちばんの自慢は、ブドウ栽培の最適地である鳥居平のさらに最高の畑から採れたブドウでワイン作りができること。それができる自分はとても幸せだと会長はいう。

シャトー勝沼のワインは、カーブで静かに静かに眠り、ワイン作りの信念とともに次代にまたさらにその次の未来に受け継がれていくに違いない。

あとがき

ワインのお城へ行きました

小学校五年 小泊めぐみ ワインのお城へ行きました
ワインのお城へ行きました

わたしは、小学校五年小泊めぐみといいます。
六年生の手塚かずき君といっしょに、夏休みに、山梨県勝沼町にある株式会社シャトー勝沼というワイナリーに見学に行きました。ワイナリーは、ワインを作るところです。

行く前に、会社の名前の「シャトー」っていうの面白い名前だと思って、お母さんに聞くと、お城という意味だよ、といいました。お城でワインを作っているの? ときくと、お母さんは笑って、それをきいていらっしゃい、といいました。
ワイナリーに着くと、会社の偉い人で今村さんという人からお話を聞きました。今村さんは優しそうなおじいちゃんで、ここで作ったブドウのジュースだよ、と私たちに冷たいブドウジュースを飲ませてくれました。おいしかったです。
ワインはおいしいブドウからしかできないから、一生懸命おいしいブドウを作っているそうです。ブドウジュースがおいしいというと、今村さんはとてもうれしそうでした。

今村さんに、なぜこの会社はシャトーというのか聞くと、ワインの本場のフランスではシャトーは自分のところでブドウ畑を持っていて、自分で作ったブドウでワインを作るところしかシャトーとは名乗れないんだよ、といいました。

それから、ワインと大蛇の伝説を聞かせてくれました。ヘビが吐き出したブドウがワインになったそうです。それを飲むなんて、人間は昔からお酒が好きだったんだなと、思いました。

それから、みんなでワインの工場とワインカーブを見学しました。
ワインカーブは、ワインを何年も寝かせておいしくするところです。何年も何十年も寝かせるワインもあるそうです。100年もたったワインの話をしてくれました。せまい階段を下りていくと、真っ暗で電気がつくまでちょっとどきどきしました。ワインもやっぱり夜みたいに暗くしないと眠れないのかなあと思いました。

かずきくんは「かっこいーっ」といって、写真をいっぱい撮っていました。
通路をずっと歩いたのですが、壁にも真ん中にもワインのびんが横にして並べてありました。ワインには人や会社の名前や、数字のふだがつけてありました。
数字はワインを作った年で、人や会社の名前のついているビンは、その人たちが買ったワインをあずかっている印につけてあるそうです。
帰りに勝沼町の上のほうにある温泉に寄りました。上からみると、ブドウの畑がずっと続いていてとてもきれいでした。

あとがき

ワイン作りが大好きな今村さん

小学校六年 手塚かずき ワイン作りが大好きな今村さん
ワイン作りが大好きな今村さん

ぼくは、小学校六年生の手塚かずきです。五年生の小泊めぐみさんといっしょに、夏休みに、今村英勇さんという人の話を聞きに行きました。今村さんは、山梨県にあるワインを作る会社の会長さんです。
ワインはブドウから作ります。

ぼくは、ブドウがどうしてお酒になるのか、ずっと不思議だったので、それを聞きました。ブドウの皮には酵母菌がいて、酵母菌は甘い糖分をアルコールに変える働きをするのだそうです。だから、ブドウをつぶしておいておくと、酵母菌がブドウをワインにしてくれるのだそうです。
意外と簡単だなあ、と思いました。

でも、おいしいブドウからしかおいしいワインはできないんだ、だからおいしいブドウを作るためにすごく苦労をしているんだよと今村さんはいいました。 毎年、天気や自然や環境でブドウのよしあしが、変わるので、やっぱりワイン作りはたいへんだ、と思いました。

会社は「トリイビラ」というところにあります。ブドウがたくさんできる場所で、昔のおもしろいお話が残っているそうです。
「トリイビラ」には、大蛇が住んでいました。ある年の秋に大蛇はブドウを食べ過ぎて、食べたブドウを、大きなケヤキの根元にある穴に吐き出したそうです。それがお酒になっていい匂いがするようになって、人間も真似をしてブドウからお酒を作るようになったそうです。これが、勝沼ワインの始まりだそうです。今村さんは、伝説だけどね、と言いました。
「トリイビラ」というところは、山梨で一番おいしいブドウのとれるところだよと言って、ぼくたちにブドウジュースをいっぱいごちそうしてくれました。甘くて濃くてとてもおいしかったです。

お話をきいた後、今村さんは、ワインの工場を見せてくれました。ぼくはワインを入れる大きな樽とかの写真をいっぱい撮りました。それから、駐車場の地下のふだんは入れない倉庫にも入れました。暗くて、空気が冷たくて、めぐみさんは少し恐そうにしていました。中は広くて奥の方へいくと、すごく古いワインがあって驚きました。お母さんが生まれた頃のワインとか何十年も前に作ったワインがありました。何万本もあるんだそうです。

今村さんのおじいさんが、明治時代に会社をつくって133年たつそうです。ワインは、暗いところで静かに眠っていて、おいしくなるそうです。ジュースのままの方がぼくはうれしいんだけど、と思いましたが、ジュースだと腐ってしまうそうです。連れて行ってくれた杉並区の人は、どんな味がするのかなあ、と言っていました。でも、こんなふうに人間がいると、眠っているワインはうるさくて目が覚めてしまうかな、と思いました。

< 株式会社シャトー勝沼 >

住所: 山梨県甲州市勝沼町菱山4729
電話: 0553-44-0073
創業: 1877年(明治10年)
URL: http://www.chateauk.co.jp/

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